2018年シーズンから、あの渡辺直人選手が楽天に復帰しました!
楽天ファンの間では「直人」で通っていた選手ですね。
渡辺直人選手は、1980年生まれの松坂世代で、
2007年から2010年まで楽天でプレーしました。
楽天→横浜→西武と3球団を渡り歩いてきましたが、その道のりをふり返りたいと思います。
チームの顔だった楽天時代
まずは楽天時代です。
正直僕はそれ以降のことはあまり知らないのですが・・・。
渡辺選手は、楽天が初めてAクラス入りした時代に中心選手として活躍しました。
背番号2番で、ショートだったので、
よくジーターと重ね合わせてましたね。
ちょうど僕が楽天を応援しだした年にルーキーとして入ってきました。
シーズン序盤からどんどん出てきて、あっという間にレギュラーになった印象ですね。
守備と打撃両方の印象が強いのですが、
まず守備は、とにかく「軽やか」という印象が強かったです。
打球を追う時のストライドが小さくて、取ってから投げるまでも速かったですね。
当時のテレビの実況によると、社会人時代は「牛若丸」と呼ばれていたそうです。
軽やかなイメージにぴったりですね。
打撃も、不動の1番バッターとして活躍しました。
フォームが独特のリズムで打っていて、よく真似をさせてもらいました(笑)
バットの根本で肩を軽くたたきながらタイミングをとっていましたね。
足も速く、盗塁数は2007~2009年の3年連続で20盗塁を記録しました。
人望が厚いことで有名
渡辺選手は人格者としても有名でした。
ファンには「直人」と下の名前で呼ばれていて、人気がありましたね。
選手からの人望も厚く、
特に2009年の首位打者である鉄平選手から慕われていたようですね。
2009年は1番渡辺直人、2番高須、3番鉄平・・・という打順が多く、
出塁した渡辺を、鉄平が返すことが多かったのですが、
インタビューで、「直人さんがつないでくれたので・・・」
と、答える場面が多かったように思います。
2010年オフ、金銭トレードで横浜に移籍
そんなわけで楽天の顔だったのですが、
2010年のオフ、松井稼頭央、岩村明憲の両メジャーリーガーが楽天に入団した影響か、
横浜に金銭トレードで移籍してしまいました。
突然出来事で、渡辺選手自身も涙を流しましたし、
鉄平選手をはじめ、同僚の多くが悲しみました。
そして、Kスタ宮城で横浜との交流戦では、
名前が告げられると楽天ファンから「直人ー!」の大歓声があがりました。
改めてファンに愛されていたんだなと思いました。
その後は、見る機会が減っていったので詳しくはわからないのですが、
楽天時代のような成績は残せなかったようです。
そして2013年、西武に移籍しました。
西武時代はけっこう長かったですね。
2013年の途中から2017年終わりまで4年半も在籍しました。
レギュラーではなかったですが、粘り強く頑張っていた印象です。
2018年、まさかの楽天復帰で背番号は26!
そして2017年、西武から戦力外通告を受けてしまい、
もう引退かなと思っていたのですが、
なんと楽天と契約を結びました!
もうベテランの選手だったので驚きましたが、
球団の方もトレードに出したことについて何か感じていたんですかね。
背番号は26番です。
26番というと有銘投手や金刃投手といった左ピッチャーのイメージが強いですが、
何か意味があるんでしょうか。
とにかく自分としては、なつかしい選手が復帰してくれてうれしいです。
あと一花も二花も咲かせて、将来的には楽天の首脳陣に入ってほしいです。