12月24日、プロ野球総選挙~レジェンド選手編~が放送されました。
今年の1月には現役・レジェンドすべてを含むランキングが発表されましたが、今回はレジェンド選手のみの投票となりました。
その中で、楽天で監督として一時代を気付いた野村克也さんが選手部門で7位、名監督ランキングではなんと1位を獲得しました!
また、楽天を史上初のリーグ優勝・日本一に導いた星野監督は名監督ランキングで3位に入りました。
楽天を代表する監督がトップ3に二人も入っていることはうれしいですね。
今回は野村克也さんの1位を記念して、野村克也さんの楽天時代の実績をふり返っていきたいと思います。
野村克也さんの楽天での成績
まず、野村監督時代の楽天のスローガンを載せます。
2006年:「無形の力」を養おう!
2007年:Think Hard,Win More.~考えろ。そして勝利を掴め!
2008年:Smart&Spirit2008 考えて野球せぃ!
2009年:Smart&Spirit2009 「氣」~越えろ!~
「無形の力」「考える」という、らしいスローガンが多いですね。
2009年だけは「氣」という、精神論が嫌いな野村監督らしからぬものとなっていますが、逆に新鮮味があって良かったのかなと思います。
次に、野村元監督の楽天での成績を示します。
年度 | 順位 | 試合 | 勝利 | 敗北 | 引分 | 勝率 | 打率 | 本塁打 | 防御率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2006 | 6 | 136 | 47 | 85 | 4 | .356 | .258 | 67 | 4.3 |
2007 | 4 | 144 | 67 | 75 | 2 | .472 | .262 | 111 | 4.31 |
2008 | 5 | 144 | 65 | 76 | 3 | .461 | .272 | 94 | 3.89 |
2009 | 2 | 144 | 77 | 66 | 1 | .538 | .267 | 108 | 4.01 |
野村元監督は、2006年~2009年の4年間、楽天の監督を務めました。
これは星野仙一元監督と並んで最長記録となっています。
初年度は大きく引き離されての6位でしたが、2007年以降は、他チームとも対等に渡り合えていました。
なかでも最終年の2009年は楽天を史上初のAクラス&2位に導きました。
このときは2013年のリーグ優勝に負けないくらい本当に盛り上がっていましたね。
それだけに2009年の退任はショックでしたね。
2007年から楽天を見始めた僕にとっては、楽天=野村監督だったので、このときは球団に嫌悪感を覚えました。
間違いなく言えるのは、僕にとって楽天の応援の熱が2009年がピークだったということですね。
それ以降は、あそこまで入れ込んで応援はしていません。
それだけ野村監督と当時の楽天イーグルスが好きでした。
野村ID野球
野村監督の代名詞ともいえるのが、ID野球です。
IDとはImport Dataの略で、相手チームのデータを徹底的に分析し、試合に備える野球です。
ID野球が特に威力を発揮するのが、対ピッチャーでの配球です。
一人一人の投手が、どんな場面でどんな球を投げる傾向があるか、というデータが徹底的に集められました。
そしてそのデータを最大限生かして、ヤマを張って打っていくことが基本でした。
打撃に自信のある選手は、基本的に来た球を打つという考えだそうですが、野村監督に言わせればそういう選手は非常にもったいないとのことでした。
逆に技術に自信のない打者でも、ヤマを張っていれば何も考えていないときよりも必然的に成績は上がってくるということですね。
もちろん配球だけでなく、あらゆることに対して「考えて野球をすべき」というのが野村監督の持論でした。
送りバントの転がす方向までこだわるという徹底ぶりでした。
当時の楽天は戦力的に圧倒的に他球団に劣っていました。
それを野村監督の「考える野球」で補っていました。
個人的には、弱い楽天が工夫して強いチームに勝っていくのは最高の気分でしたね。
野村監督のぼやき
野村監督といえば、ぼやきですよね。
他のチームの監督だったときはわかりませんが、楽天時代は、毎試合後報道陣の前に現れ、ぼやいてくれました。
これが見ていて非常におもしろく、勝敗などはどうでもよくなってしまうほどでした。
こちらは2007年の野村監督のぼやき動画です。
面白いですね~。
野村監督はただいるだけで場を和ませてくれますよね。
個人的に一番印象に残っているのは、やはりマー君 神の子 不思議な子ですね。
これはもう一生忘れないと思います。
野村監督で印象に残ったシーズン
ここからは、野村監督時代に個人的に印象に残ったシーズンをふり返っていきたいと思います。
2007年
2007年は個人的に一番見ていて面白いシーズンでした。
まず久しぶりにプロ野球を見たことが非常に新鮮で、さらに弱いチームの楽天が快進撃を見せていったことが最高でした。
高卒ルーキーの田中将大投手もどれだけプロで活躍できるか注目でしたしね。
この年は、勝っても負けても野村監督がぼやきで笑わせてくれるので、勝敗関係なく楽しめました。
先述のように、マー君 神の子 不思議な子もこの年に生まれた言葉です。
あとは当時、無類の勝負強さを発揮した高須洋介選手に必殺仕事人と命名したのもこの年ですね。
良い時代だったと思います。
順位の方も、初めて最下位を脱出して4位になりました。
しかも終盤までプレーオフの可能性が残されていて、スリリングな毎日でした。
万年最下位のチームが、初めて他球団に一泡吹かせた年でしたね。
監督だけでなく、選手も魅力的な選手がいっぱい出てきました。
田中将大投手を筆頭に、ホームラン王・打点王の山崎武司選手、必殺仕事人・高須選手、名言連発のフェルナンデス選手・・・。
この1年で楽天イーグルスがすごく好きになりましたね。
2009年
2009年は、個人的に一番熱くなったシーズンでした。
2007年の4位から、2008年は失速して5位となり、フラストレーションがたまっていました。
もはや、ノムさんのぼやきだけでは足りなく、勝ちに飢えてきました。
それが爆発したのが、2009年ですね。
この年は、序盤は好調で4月終了時点で首位だったのですが、5月から3か月連続で負け越してしまいました。
しかし勝負の8月、6連勝もあり17勝7敗の貯金10を記録し、一気に盛り返しました。
9月になってもこの勢いは続き、最終的に2位になり、球団史上初のAクラス&地元でのCSを決めました。
この年は選手たちにものすごい勢いを感じました。
集中打でビッグイニングをつくることが非常に多かったです。
この時は、相手のミスにつけこんで大量得点というケースがままありました。
ID野球よりもむしろチームとしての勢いのほうが強かったですね。
まさに「無形の力」というべきものがあったかもしれません。
この年は劇的な勝利が非常に多かったです。
CS1stステージで山崎武司選手が劇的なホームラン打ち、野村監督と抱き合ったシーンは感動的でした。
こちらに動画もありました。
ただ、CSファイナルステージ(日本ハム戦)の第1戦、4点リードの9回、抑えの福盛投手がスレッジ選手に痛恨のサヨナラホームランを浴びて、完全に勢いが止められてしまいました。
あのホームランは一生忘れないと思います。
それでも2位に入り、初めて地元でCSを開催したという事実のほうが強い記憶として残っています。
まとめ
野村監督は個人的に一番の監督です。
本当はもっと楽天の監督をやってもらいたかったですね。
いずれにせよ野村さんのおかげでいい夢を見させてもらいました。
本当に感謝しています。
今の楽天は、戦力は当時と比較してそろっていると思います。
先発はともかく、中継ぎ・抑え、あと打者も良い選手がそろってきています。
しかし今年だめだったのは、野村監督がいう「無形の力」が失われているからかもしれません。
戦力があるチームが必ずしも優勝するわけではないのは、何度も証明されています。
逆に戦力敵に劣るチームが優勝する年も幾度となくありました。
今こそ楽天は野村イズムをもう一度思い出すときかもしれませんね。